中渓宏一さんとまた木を植えてきました

2008年5月16日 10時01分 | カテゴリー: 川・みず・みどり

今度は文京区の公園です

タブノキを植えたのは昨年11月9日。河川フォーラムで、全国を歩いて木を植えている青年中渓宏一さんに出会い、杉並に来ていただいて川のグループと植樹をしました。
ちょうど半年が過ぎた5月13日、方南小学校の落成式の帰りに和泉緑地に立ち寄り、見てきました<写真右>。

3本のタブノキのうち2本は元気に新芽を出してすくすく育っていましたが、1本だけ成長が遅く、ちょっと元気がないように見えました。葉が茶色になっていて病気でしょうか。お散歩の途中に寄っては「元気ですよ」と教えてくださる川の活動の先輩でもあり、人生の大先輩がこの緑地の近くにいらっしゃいます。彼の日課になっているとのこと。

その中渓宏一さんが、神田川下流の文京区の目白台運動防災公園に木を植えにいらっしゃいました。神田川の左岸斜面に位置するこの公園に7本植えました。ここは田中邸(田中真紀子邸)に隣接していて、田中家の相続で物納された土地が含まれ、一般の開園を待つばかりです。
このあたりは細川家屋敷だったところ。また、近くには芭蕉庵もあります。(う〜む、歴史だァ)植えるために深く穴を掘ると、瓦のかけらや石がスコップに当たり「歴史的発掘!」と大騒ぎをするのですが、その筋に詳しい方がジーッと見て(みんな一瞬息を止めて見守ります)ひと言、「違う!」。みんな、フーッと。しかし、真剣なやり取りが進むなかでは、「あのォ、「細川さんちの瓦」と「○○さんちの瓦」とどこが違うんでしょうか?」なんて訊けませんでした。

これまで神田川沿いに広葉樹10本植えたことになります。緑を増やす活動は大変です。でも、自治体にふやせふやせと言っても、すぐには植えられませんが、こういう市民主体の植樹なら1本、また1本と増えていきます。地道に担当課と相談しながら増やしていくのが早道かも。

しばらく姿を現さなかった中渓宏一さんは「パパ」になっていました。鎌倉生まれ鎌倉育ち、大学卒業後商社マンに。仕事でインドネシア、チェコなどに1年くらいずつ住んで他国の文化とであった彼は、サラリーマンから一旦離れ、地球がどんなところか自分の目で確かめてから、自分にあった仕事を探してみようと旅に出た、という経歴の持ち主です。37歳。「木を植えることが僕の仕事」6月末にはチベットに木を植えに出かけるとか。お元気で。
<写真左>まずお手本を中渓さんと神田川ネットワークの代表糸井さんがやって見せて…
<写真右>ソレーッ!待ってましたとばかりみんなが穴を掘ります。「スコップもって穴掘るって気持ちいーい!」