バス事業者のバリアフリー教育は当事者が先生

2009年3月24日 00時57分 | カテゴリー: 福祉

車いすを固定したって、人間を固定しないからブレーキかけると飛んで行っちゃう

「すぎなみ移動カフェ」が開催されました。主催は移動サービス情報センター。
参加者は移動のためのサービス提供者であるタクシー会社、バス会社、障がい者団体、杉並からだけではなく、板橋や世田谷からも電動・手動の車いすの当事者が参加し、バリアフルの社会からの脱却に向けてコミュニケーションによる「一歩」を踏み出そう、というものでした。

バスに乗るのが好き、バスに乗るのが楽しみ、と車いすの方がおっしゃいます。だから、
◆自分たちはバリアフリーの教材。バスに乗って、乗って、乗りまくって運転手さんにバリアフリーを勉強してもらう
◆自分は根性すわっているヤツ。新人運転手の研修材料に使ってほしい。本物だから一番いい
…と言いきります。いやー、すごい!それも笑いながら非常に明るく言い切ります。ここまで到達するのにどれだけの苦しみや葛藤があったのだろうか。どう克服してきたのだろうか、と思いました。頭が下がります。

車いすの外出が当たり前の社会にしたい、と当事者である参加者からの発言。
—ある駅を車いすで出発した時に駅係員から、「お帰りは何時くらいになりますか」と訊かれた。普通の人だったらそんなこと訊かれないのに、と若干ムッとして、「どうしてですか」と訊くと、「夕方になると人手がないから、あらかじめわかっていれば隣駅から応援を頼みますから」と言ってくれた。黙っていたらそういう手当をしようとしているのがわからなかった。訊いてよかった。やっぱりコミュニケーションが必要だと感じた、とおっしゃっていました。

車いすでバスに乗るとベルトで固定してくれるが、車いすだけの固定がほとんど。ブレーキ掛けると人間がどこかに(飛んで)行っちゃうんだけどなー、と。そうか、人も固定する必要があるのかァ、やっぱり。と思えば、「僕は固定してほしくない派」と別の当事者からの発言がありました。
当事者同士がディスカッションをして、自分たちにとってどういうやり方が一番よいのかを決めていく、といった「当事者主権」を実行している人たちがいることに驚き、また凄い!と感じた「すぎなみ移動カフェ」でした。

この「カフェ」に参加して思ったことは、「 想像力」です。
人は、生きていればさまざまな事象に遭遇することになりますが、その時先をどう読むか、だと思うのです。
例えば…、相手がポケットに手を入れて煙草を取り出そうとしたら、灰皿を用意する(嫌煙派としてはこんな例は不本意でありますが)、お年寄りが新聞を手にしたら眼鏡を手渡す、こういったことがあまりされなくなってきているのかもしれません。「気づかい」「気が利く」という「気」というのかもしれません。どう「手」を差し伸べたらよいのかわからない、というのもあるでしょう。これらを養うにはどうしたらよいのでしょうか。
とりたてて「福祉教育」をしろ、と言いませんが、
「何かお手伝いしましょうか」この一言が発せられるかどうか、また言われた方も「○○をお願いします」と言える社会が望ましいのでしょうね。日本もやっと、車椅子でまちを歩く方が増えてきました。声を掛け合う、コミュニケーションをとる機会も増えてくるかと思います。そう考えると、声かけ運動は「福祉」に限ったことではないですね。

今回の「移動カフェ」は意見交換ができる大変貴重な場となっていました。バス事業者、タクシー事業者にとって、生の当事者の声を聞く場は大事です。これからも、こういった場がどんどん開かれていくことが、まちをバリアフリーにしていくものと信じます。