いのちが大事。しあわせってなにかしら?

2009年6月5日 23時49分 | カテゴリー: 市橋あや子は考える

凛として生きる山田小枝子さんにお会いしました

1945年8月15日は、私が社会に出て働くことを意味するものでした−むさしの憲法フォーラムでパネラーとしてお話された山田小枝子さん(1922年生まれ)。
お仕事上のお名前は林小枝子さんとおっしゃいます。NHKラジオ番組「勤労婦人」の専属ライターとして、また、岩波書店で新書の解説を書いていらした方です。
その山田さんが大学を卒業した年が敗戦(山田さんは「終戦」ではなく「敗戦」とおっしゃいます。私もそう思います)の年だった、というところからお話が始まりました。敗戦直後に就職すると「労働者」と呼ばれ驚いた。けれど、社会の役に立つこと、一人の人間として認められたことがうれしかった、と述べていらっしゃいました。

87歳の山田さんのお話は続きます。
当時、「女性が男性と机を並べて働く」ことで、さまざまな社会の不都合につき当たるわけですが、この時代の女性たちは力を合わせて制度を変えていく、つまり、賃金格差、結婚しても勤め続けること、妊婦の勤務、出産後の復職、保育所づくりなど、多くの不都合と出会い、闘ってこられた山田さん。これまで、本でこういった女性史を読んだことがありましたが、眼の前に闘ってきたご本人が・・・・、もう、緊張しました。この方はどう大正、昭和、平成を生きていらしたのか、興味を持ちました。その興味は「ただものではない」(失礼!)という意味で…、「魅かれた」のです。<写真>

いのちが大事にされる世の中にしなければだめよ。サカキバラ事件、ホーム突き落とし事件、秋葉原の事件、これらは親が生活に忙しくて、子どもとの関係が築けなかった結果、その子どもが加害者になってしまったと思う。罪は罪としてあるけど、一方で子どもがかわいそうということができるわね。
しあわせってなにかしら?お金をたくさん蓄えることがしあわせなのかしら。そうじゃないはずよ。昔、資本主義が輝いていた時代があったの。でもね、カネミ油症事件が起き、企業が良心を亡くした事件が相次いだのをご存じ?最近の食肉事件、製造日改ざん事件と今も続くわね。こういう世の中になると、人間は戦争したくなるの。注意しなければならないわね。新聞を隅ずみ読むと、世の中に何が起きているかどの方向に向かおうとしているか
がわかるわ。とにかく、だれもが忙しすぎるわね。考える時間をなくすことが、国家によってつくられているのではないか、と勘繰りたくなるわ。「なぜ?」と立ち止まって考えることが必要よ。

山田小枝子さんを紹介してくださった方は雨水利用のハンギングフラワーポットやみどりのカーテンづくりに取りくんでいる「新しいプランターの会」の伊藤知恵さん。以前、伊藤さんが吉祥寺に住んでいた時に山田さんとご近所同士で、「グループ水曜会」という勉強会をつくり、ハム・ソーセージの添加物の調査をしたそうです。1983年の活動です。その報告が、「薬のひろば」という冊子にありました。専門家の先生と一緒に市民が勉強し、問題点を見つけ、その解決のために生産者を見つけて、添加物を使わない食品を製造させ、それを利用する。私が加入している生活クラブ生協と一緒です。
それを、一部の人たちの問題に留めず、社会の問題として解決してきたのが私たち生活者ネットです。偶然にも、杉並・生活者ネットワークは、グループ水曜日の活動と同じ1983年に設立しています。

「薬のひろば」の冊子に私の友人の名を見つけました。「私の友人です。子ども同士は同級生です」と申し上げたところ、「彼女の息子さんが通っていた第三中学校の校歌は私の父の作詞です」と。お父様は林柳波さん。人の縁、つながりを感じ、また、凛とした山田さんの生き方に、私の背筋が伸びる思いがしたひと時でした。