減税自治体構想は妄想ではないか?

2010年1月5日 00時56分 | カテゴリー: 市橋あや子は考える

100年後の区民に残すのは住民税ゼロのまちではなく平和で安心できるまちではないのか?

奥に見えるのが東京スカイツリー。高さは1/3の所まで来ています。このタワー、こんなに高くする必要があるのでしょうか?
奥に見えるのが東京スカイツリー。高さは1/3の所まで来ています。このタワー、こんなに高くする必要があるのでしょうか?
新しい年をいかがお迎えですか。
昨年末の大掃除(しかし、なんでこんなに寒い中で大掃除をしなくちゃならないのでしょうか?温暖化というのに寒いです。そうそう、「温暖」という言葉は良い気候の時に使われる良いイメージの言葉であるから「高温化」と僕は言いたい、という東京電力のCMが流れていますが、東電が言うか?)の窓ふきをしながら、また、新年を迎えて寿ぎの器を洗いながら、減税自治体構想が頭をよぎる…、そんな年末年始でした。

減税自治体構想は、毎年、予算の一定額を基金として積み立てていき、10年後には10%、20年後には20%の恒久減税、そして、100年後には住民税ゼロにするというもので、今期の山田区長の公約です。2月12日から始まる予定の第一回定例区議会に、「減税自治体基金条例」が議案としてかかり、議会で議論されます。

税を「お金」で払うようになった歴史を、以前、辻山幸宣(たかのぶ)先生((財)地方自治総合研究所所長・地方自治)に伺ったことがあります。
明治21年ころ、これまで集落だったものが初めて地方公共団体になった。集落では、自分たちの暮らしに必要なこと、不都合なことを自分たちの労働力を提供して解決してきた。しかし、地方公共団体になってからは労働力ではなく税金を集めて、そのお金で特別な集団(公務員)を雇い、橋を架ける、道路をつくる、学校を建てるなどの公共事業を処理させるしくみになった。・・・・というお話でした(中身違っているかな?)。

税金の無駄遣いをなくすことに異議はありませんが、結局、予算の9割で事業を行い1割を積み立てるという考えは、9割のサービスで我慢しろということではないのか、という私の議会質問に対して、「これまで行財政改革を進めてきた結果、積み立てるお金を生み出すことができた。決してサービスを低下させるものではない」との答弁でした。

しかし、ホントに、おおぜいの区民がこの減税自治体構想を「素晴らしい!」と絶賛し、支持しているのでしょうか。まちを歩くと、在宅介護の限界を訴える声、若者が夢を持てない社会を憂う声、男性も女性も子育てしながら安心して働く社会になっていないという声でいっぱいです。国の制度、特に介護保険制度、後期高齢者保健制度、社会保険制度のあり方に問題があることは確かです。その制度を是正する声は出していかねばなりませんが、その一方で、身近な自治体である区は、住民が必要とする事業を区独自の予算をつけて用意することだってできるはずです。

毎年150億円程度を100年間積み立てて行くというこの構想。積み立てたお金は大災害の時だけ取り崩して使えるものとするとのこと。納税した私たちが必要とするサービスや事業に税が使われないのはおかしなことです。

この年末年始に考え、そして行きついたところは、「100年後の住民が住民税ゼロの杉並区に暮らせるように、今を生きる私たちが我慢をするのは変。税金は100年先の市民に無税自治体をプレゼントするために貯め込むものではない。将来の区民に残すのは平和な社会ではないか」。皆さんはいかがお考えですか。