井荻村の偉人、内田秀五郎氏の足跡をたずねる

2010年11月14日 11時51分 | カテゴリー: 川・みず・みどり

村民のために私財をなげうってまちづくりに邁進した村長は内田氏の後にも先にもいない

善福寺公園に立つ内田秀五郎氏の銅像。風致協会の方たちが立てたそうです。
善福寺公園に立つ内田秀五郎氏の銅像。風致協会の方たちが立てたそうです。
私が関わっている「川」の1つである善福寺川。杉並区だけを流れる川の水源がある善福寺公園周辺の歴史を学ぶ機会があり、参加しました。(主催:自然愛護会杉並)。

内田氏は「井荻村の偉人」「私心なき実行家」と呼ばれた方ですが、井荻村ってどこのエリアを指すのかご存じですか。こんなときに役立つのは荻窪警察のHP。地域をくまなく知っているという意味ではさすがです。とても警察のHPとは思えないくらい、なのか、だからこそなのか、まちの情報がぎっしり。知りたいことが出てくる、出てくる。(区のHPもこのくらい情報が検索できるといいのですが、なぜかYahooやGoogleで検索しないと出てこない)「管内のなぜ?」の5番目を開くと井荻村のエリアがわかります。

当時、井荻村、杉並村、和田堀内村の3つに分かれていました。そのうちの1つが井荻村で600戸の純農村地帯で、村長が内田秀五郎さんでした。偉業は、
1.農業産業資金の貸出→井荻信用購買組合設立(後の東邦信用金庫)2.教育の普及を目的に井荻教育会設立3.井荻村慈善会創設4.全村に電燈敷設5.中央線西荻窪駅開設6.青梅街道−西荻窪駅間道路の拡張7.荻窪電話局・荻窪郵便局設置8.中島飛行場荻窪製作所を桃井に許可9.井荻村土地区画整理事業10.西武鉄道上井草・井荻・下井草駅設置11.財政の60%を教育費に12.財政の60%を教育費に13.府立農芸学校移転に伴う誘致14.井荻駅町営15.井荻町営水道16.善福寺風致地区指定
数えたらきりがないくらいです。

当時、西荻窪駅に降りるとぷ〜んと「あるニオイ」がしたそうです。なんのニオイでしょうか?それは沢庵。当時、西荻窪駅周辺は練馬大根の集荷地となっていたとのこと。内田さんは、農作物を少しでも高い値段で取引させたいという思いで、大根をそのまま売るのではなく付加価値を付けて少しでも高く売るにはどうしたらいいか。そう、ひと手間かけて売る。干し大根を沢庵漬けにして売ったのでした。駅周辺はいいニオイでいっぱいに。

当時は村長・町長をしながら当時、東京府議会議員も兼任できたとのこと。東京府全体の視点を持ちつつ井荻村を収めることができたとの説明がありました。9番目の土地区画整理は井荻村を見ると一目瞭然。碁盤の目に引かれた道路は井荻村に限った事業でしたので、例えば清水は区画整理がされていますが、隣接している本天沼、天沼は曲がりくねった道路のままになっている状況です。(遊説カーを回すときに特に感じます)。

都市計画は町が密集する前に描いておかなければ、事業費がどれだけあっても間に合わないし、住民が増えているわけで合意形成は厳しくなりますね。で、あちこちで道路や建築の反対運動が起きるのです。内田秀五郎さんが今の時代にいてくれたら、という声があがりましたが、さて、どうだったでしょうか。いずれにしても合意形成のスキルを住民も、行政も身につけておくことが必要ですね。紛争例や泣き寝入り例はたくさんありますが、上手に解決できた事例を蓄積しておくことが必要だと思いながらのウォーキングでした。

町の歴史をよ〜く知っている人がこういうツアーを企画してくれるのはありがたいです。まちのことはその町に住んでいる人に訊け、といいますがホントホント。だからまちづくりは市民参加で行うのがだれにとってもよいのです。