木の皮は剥がれたのか、剥がされたのか!?

2010年12月22日 10時16分 | カテゴリー: 川・みず・みどり

寒空に立つけやき公園のさわらの木

笑っている場合ではないのです。
笑っている場合ではないのです。
公園育て組の方から連絡が入りました。
「木の皮が剥がされています!」
え、木の皮が?

寒空のなか、けやき公園にあるその木はさわら。木肌を出して立っていました。
この公園は人の目があまりない公園のせいか、家庭ゴミがポイポイ捨てられている公園でもあります。つまり、見た目があまり美しくない。すると類は友を呼ぶで、ポイ捨てゴミが増えるといった悪循環。でも、公園育て組の方たちがお掃除をしているので、また区の清掃業者も入っているようで、よ〜く掃除がされているはずなのに、あまりきれいではない。しかし、公園が「きれい」ということはどういうことを指すのか考えてしまいました。
ピシーッとちりひとつないのが「憩える」「きれい」な公園なのか。落ち葉があったとしても、心がゆったりできる空間を「憩える」「きれい」というのではないか。落ち葉があったっていいじゃないか。

・・・・という話ではなかった。それとは次元が違う事件。
木の皮を剥ぐ、という行為をする場合、どういう精神状態なのか、どういう気持ちなのだろうか…。剥きだしになった木肌をながめ、これをやった人の気持ちを考えると、もっと他に受け止める場所がなかったのか、とあれこれ思いながら北公園事務所に伺ったところ、思いがけない結末が!

樹木医の資格を持つ区の職員の方が診断した結果、これは人為的に剥がされたのではなく、自然に剥がれたもの、とのこと。
このさわらは、けやき公園として整備される前から生えてた木のうちの1本で30年以上生きている。何らかの原因で病気になり、皮がカパッと剥がれてしまったというのです。

ここ(阿佐谷北1−10)は、以前桃園川が流れ、池があったところ。地下水位が結構高いところまで来ています。「根に何らかの支障をきたしているのかもしれません。来春、芽吹く頃に状態を見てそれからどうするか考えたいとおもいます」と担当の方がおっしゃっていました。形成層という水分や養分が流れる組織が剥がれてしまったので、半分の皮が残ってはいるものの生き続けるのは結構難しいらしいです。がんばれ!さわら!

そういえば、この公園の木が今年数本枯れています。
猛暑だったせいもあるのでしょうか。