ドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」は実に重い映画でした

2011年12月2日 18時36分 | カテゴリー: 安心・安全

映画終了後の撮影に笑顔はありません。豊島ネットの村上区議と。
映画終了後の撮影に笑顔はありません。豊島ネットの村上区議と。
主催者のあいさつで、「どうぞ映画を楽しんでください、と言うにはとても重い映画です」と言っていた意味が、始まってすぐにわかる映画でした。

フィンランド。10万年耐久可能な世界初の格処分場を建設する巨大プロジェクトが進められていることを知り、マイケル・マドセン監督はドキュメンタリー映画を作ろうと考え、この映画ができました。

最初に、核燃料廃棄物管理会社研究員の発言から始まります。
「ここは、いうなれば埋蔵場所です。ある物からあなたを守るために、その物を埋めました。絶対的な安全のために、我々は大変な苦心をしてきました。この場所への侵入はご遠慮ください。また、この場所は住まいに適さないことをご承知ください。ここに近づきさえしなければ、あなたは安全です。」

マドセン監督
「ここは来てはならない場所だ。通称オンカロ。“隠された場所”という意味だ。20世紀にはじまったプロジェクトは、私の生存中には終わらない。完了するのは、私が死んだ22世紀だろう。オンカロの耐用年数は、10万年とされている。その10分の1の1万年すら持ちこたえた建造物はない。・・・」と続きます。

そして、10万年後まで、ここに立ち入ってはいけないことをどう伝えていくか、と言う時に「忘れ去ることを永久に忘れるな」と監督のナレーションが流れます。

貫かれているのは、「放射性廃棄物はとてつもなく危険」ということ。その処理は「埋めるしかない」ということ。

日本には54か所の原子炉があります。使用済み燃料を六ヶ所村再処理工場に運び込んでいますが、トラブル続きで本格実施には至っていません。私たちがそこまでして原子力を「平和利用」の名のもとに使い続けなければならない理由は一体何なのでしょうか。

核の安全、核廃棄物の処理方法を考えるための知恵を総力挙げて結集するより、原子力を手放す知恵を集めたらいかがか、と思います。