足尾銅山に木を植える- 鉱毒事件と原発事故の構図が似ている

2011年12月3日 00時02分 | カテゴリー: 川・みず・みどり

けっこうな傾斜のところに木を植えていきます。
けっこうな傾斜のところに木を植えていきます。
てんぷらバスに乗って田中正造の足尾銅山に木を植えに行くんだけど、いっちゃんも行かない?」と環境NPOのエコメッセの仲間に誘われ、「行く!行く!」と二つ返事で参加を決めました。

田中正造の名を知ったのは25年前。息子が小学校の4年か5年の時に「今度、足尾に社会科見学に行くって。田中正造のところだって」「ん?だれ、田中さんって」という具合にその時まで知らずに来ました。私の時代は習ったのだろうか、田中さん(いやになれなれしい)のこと。(子どもを持つことは賢くなること、と未婚の友人が言ってた)
社会科見学のしおりを読むと、足尾銅山から流れる鉱毒(公害)に苦しむ人と一緒に闘った人で、衆議院議員も務めた人、と書いてあったという記憶があります。田中さんは、「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし」と語っていますが、今もなお同じことが繰り返されている。住民の意思と国の意思、企業の論理がかみ合わない。政治が住民の意思を反映していないということです。(このことは別に書くこととしましょう)

軍需産業として国策として銅を掘りつづけた。住民の健康、人々が暮らす地域の環境なんてことは、国にも企業にもなかった。足尾の山は精錬過程で出る亜硫酸ガスのために周辺の山々は禿げ山になっていることは、日光市清滝(精錬所があった)育ちの母から聞いていたので知ってはいましたが、目の前に広がるあまりの禿げ山連山に、ただただ絶句でした。

禿げ山に、木を植え続けているNPO法人足尾に緑を育てる会のお世話で、苗木50本を持って足尾銅山エリアに足を踏み入れました。(この苗木は東京でドングリの実から育てたものです)
緑を育てる会の車の先導で私たちはてんぷらバスで国交省が管理するゲートをくぐりました。このゲートは「足尾に緑を育てる会」と一緒でなければ一般は入れません。

山肌には何本も横筋が入っていました。(写真左下)植林する足場です。この国交省の工事は植樹の足場をつくるもので、5段で3億7千万円の税金が投入されているとか。JRもJTBも木を植えるエコツアーを企画してやっているようで、苗木に札がさがっていました。練馬区立小学校の札もありました。こうやって民間は交通費を自腹で払って苗木を用意してボランティアで木を植えています。

古河鉱業が稼いだお金はどこにいってしまったのだろうか。こんな亜硫酸ガスの環境被害を出した当の古河鉱業は自ら植樹事業をしないのだろうか。せめて資金を拠出するとか。逆に、ボランティアが木を植えに敷地内に立ち入るために古河一族に許可を申請つまり「申請書」を出させています。あの公害を出した側のとる態度でしょうか。だれが亜硫酸ガスの公害でおおぜいの人が苦しむ元凶をつくったのか。ボランティアの植樹に対してお礼を言ったとしても、申請書を出させるなんて高ビー。「責任の自覚」が足りない。
どこか今回の原発事故の国の対処、東電の対処の仕方と似ている、というかそっくりです。

いまを生きる私たちは100年計画に取り組んでいます。1年間に1万本〜1万2千本の木を植え続けること100年。100万本を植えるのが目標です。
環境を壊すのは一瞬ですが、木を植えて環境を取り戻すのは大変なことです。