会派内で意見が分かれた場合は「多数決で決めるのが常識」って言うけどホントにそうなの?

2011年12月11日 15時19分 | カテゴリー: 議会、選挙、政策

「会派」の定義を持たないままなのに

男女共同参画シシャモ。メス(右)ばかりお店で売られていますが、オスのシシャモだっているんです。一緒に売っていいんです。このブログ内容と全然関係ありません。シシャモに罪はありません。お詫び申し上げます。
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議会にはいろいろな考えの人がいます。48人も。議員は会派を結成することができます。会派をつくると区議会事務局に「会派届」をします。
今年の5月から、杉並区議会には、杉並自民区政クラブ、公明党、民主・社民クラブ、共産党、生活者ネット・みどりの未来、自由民主党杉並区議団と5つの交渉会派(交渉会派ってなんで「交渉」っていうのかな?誰とどういう場面で「交渉」するのかわかならない)ができました。(自由民主党杉並区議団は3人になり、現在は交渉会派ではなくなっています)
民主(6人)と社民(1人)が会派「民主・社民クラブ」を、生活者ネット(3人)とみどりの未来(2人)が会派「生活者ネット・みどりの未来」を組んでいます。議案が審議されますが、会派内で賛成するか、反対するかを決めます。しかし、会派内で賛否が合意できない場合、他の会派は「多数決」で決めているそうです。(どこにも規定はない)

私たち「ネット・みどり」は会派を組んで以降、賛否が違う場合はとことん議論し、それでも合意が図れない場合は賛否が違うことを意見開陳しています。評決に違いがでたのは第3回定例会が初めてでした。区議会だよりでは賛成は○、反対は×。会派内で意見が分かれた「ネみ」の表現は△。かっこ内に(○3、×2)と書かれていました。おゝ、いいではないか。

先の保健福祉委員会の7議案のうち、2議案が生活者ネットとみどりの未来の意見が分かれました。そこで、「小松、市橋、そねの3人は賛成、奥山、すぐろの2人は反対」と言ったところ他の議員から「なんだよ、それ~!<`ヘ´〆>」とヤジが飛びました。しかし、ヤジは覚悟の上です。

「賛成すべきとする方の挙手をお願いします」と委員長の言葉に、(はてさて。区議会たよりには△と書かれる状況が目の前で起きていて、ということは手を上げる?あげない?)。初めての経験。賛成意見を言いはしたが会派としては統一できていないので、手は上げない?でも私は「賛成」と表明しているわけで・・・・。悩んだ結果、意見が分かれた1つ目の議案に対しては遅ればせながら傾斜度15度の挙手をしました(いつもは床に対して垂直につまり90度の挙手をするのですが)。

意見が分かれた2つ目の議案は、同じく市橋は賛成と意見を言ったのですが、「賛成すべきとする方の挙手」には手を上げませんでした。会派で意見が分かれているのに挙手できないでしょー。しかし、これが大問題に。

議運理事会で、「賛成意見を言っているのだから挙手すべきだ。(そりゃ、そうだ。確かに)採決行動と意見が違うのだから発言変更届を出せ」と言われました。挙手が間違っていたのだから、挙手変更届を出したいのですが、それはないのです。意見開陳より採決行動が大事だというのが理由です。でも、意見開陳は記録として議事録に残りますが、挙手は十把一絡げで「挙手多数」でしかありません。どこにも誰が挙手して、誰が挙げなかった、という記録はないのですから。・・・・変なの。

結局、挙手しなかった状態を正当化するために“発言変更届”(委員会で「賛成」と述べたが、「反対」と述べたことに変更します)を委員長宛てに出しました。本会議場での採決では当初から議案には「賛成」なのですから起立をしました。

会派内で意見が分かれることが想定されていないのです。先ごろ終わった国会で、原発の海外輸出法案に対して民主党の何人かが議場を退席しましたが、あれです。会派で意見が違うなら少数意見の人たちは退席しろ、と議会運営理事会、議会運営委員会でも言われました。我が会派の「鉄の小松幹事長」と「弾丸奥山副幹事長」は、断固として「会派というものがどこにも規定されていない以上、また、会派内で意見が分かれた時の意見開陳の仕方に規定がない以上、多数決で決めるのはおかしいし、議場から退席するのは議員の職務放棄でしかない」と主張。これをいつも聞いている「マシュマロ市橋(こんにゃく市橋か?)」としましては、「えらいなァ」と感心しています。(コラッ!傍観者してんじゃないわよ!と誰の声?)

議運の委員長様。こういう会派も現に存在しちゃっているのですから「こういうことは今までなかった」とか「(離婚)経験のある私が言うべきことではありませんが、お別れになったらいかがでしょうか」と自虐的発言をしながら突っぱねるのではなく、どう考えるかを一緒に考えていただくってぇわけにはいきませんかねぇ。