国民主権無視の「特定秘密保護法」の成立

2013年12月7日 01時14分 | カテゴリー: 人権と平和, 安心・安全, 市橋あや子は考える

ふつう、継続審査でしょ、それ。 

 

阿佐ヶ谷駅駅頭で5会派12名(1名欠席)が「特定秘密保護法案の廃案を!」と訴えたが・・・

私たちは安倍晋三氏に全権委任をしたわけではない。
あの瞬間、子孫から「なんであの時代、こんな悪法を創ったんだ」と言われる<ご先祖さま>になってしまった。国の政治勢力から見たら、秘密保護法案が可決する状況はわかりきっていた。しかし、国会議員が政治家としての良識を持っていたならば、そして民主主義の定義をわきまえていたならば、ご自分の頭で議事進行を考えられたならば、こんなにも議論がかみ合わない審議のなか、議決に持ち込むなんてことにはならなかったでしょう。 

それもこれも役人がつくった「のりと」と呼ばれる議長や委員長が議事進行するための原稿に頼りきったものしか動けなかったということだ。自分の頭で考えれば、いまこんなやりとりの中で議事進行できないよなー、継続審査にしよう、となるのが普通というもの。
お膳立てされた中でしか動けない議員たち。

これは、委員会が形骸化していることの証拠ではないか。とりあえず委員会で審議された形をとり、可決すべきものとして本会議に送るための単なるアリバイづくり。

これまで「特定秘密保護法案」の廃案を訴えてきたが、12月6日の深夜、参議院本会議で可決、成立してしまった。テレビ画像を見ながら、「こんな体たらくでは成立するなー」と落胆しつつも、「ひょっとして今日の審議は見送りになるかも」と根拠のない期待を持った自分が愚かだった。

暗澹たる思いに眠れそうにもない。