私が見たのは「神楽河岸」だったのだろうか・・・?

2016年3月9日 11時16分 | カテゴリー: 川・みず・みどり, 市民参加のまちづくり, 活動報告

法政大学市ヶ谷田町校舎。 デザイン工学部の校舎です。

法政大学市ヶ谷田町校舎。
デザイン工学部の校舎です。

子どものころ見た風景を、ふーっと思い出すことがあります。

祖母に連れられ、靖国神社に1度だけお参りに行ったことがあります。
4つぐらいのころです。帰り道だったと思います。駅に向かって坂を降りました。
今考えると飯田橋駅だと思うのですが、駅のそばの水辺には材木がたくさん並んでいた。
そんな景色が脳裏に浮かびます。いま「飯田橋セントラルプラザ」が建っている位置にあったところ???

「東京外濠・神田川の水辺空間に関する研究」という研究テーマに惹かれ、
法政大学大学院生の博士学位論文公聴会に参加しました。
発表の中身は、「明治期の土手改編と周辺地域の変容過程を中心に」という講義内容で、
「土手改編」に私の頭はついていけず(T_T)、もうたいへん。
土手・河岸・濠を「博士号」のテーマにするには、どういう切り口で取り上げて展開していくのか。すごいなー、と感心して聞いているうちに、
頭の中を巡ったのは、祖母に手を引かれて駅に向かう時に見た材木が並んでいた風景。
いま彼が話している場所がそこなんだ、きっと。。。と思いながら聴講していました。

帰ってから調べてみると私が見たのは「飯田濠」で、そこにあったのが「神楽河岸」だったようです。
江戸城があった町の研究も面白そうなテーマでありますが、歴史が絡むとピーマンがばれてしまうので、
興味の触角を動かすのはお休みをしておきます。

論文を発表していた彼は、「外濠市民塾」の事務局をしているそうです。
お濠の復活を目指す市民の方たち、神楽坂商店街の方たちと研究者とのコラボかな?

名刺交換しようとしたら神田川ネットワークの名刺が切れていた!