井の頭公園内に三鷹市が文学館を建てるってホント?

2017年9月5日 09時34分 | カテゴリー: 川・みず・みどり, 市橋あや子は考える, 活動報告

私が参加する神田川ネットワークもメンバーの「井の頭池外来生物問題協議会」の8月の会議で、三鷹市が井の頭恩賜公園内に太宰治と吉村昭の文学施設を建てるという報告がありました。それも玉川上水の脇に。この協議会のメンバー(井の頭池で生き物や植物の調査・研究をしているグループ、湧水復活を目指して活動しているグループなど)が黙っているわけがなく、その場はかなり険悪な雰囲気に。

三鷹市は、三鷹市内在住、在学、在勤、在活動の市民から9月9日までパブコメを募集しました。(”在活動”、これは三鷹市の偉いところです)
基本計画は市のHPで(「井の頭恩賜公園内に関する『井の頭文学施設(仮称)』の整備基本プラン」)見られます。

小説家は、自分の中にある思考を文字に書き表していく仕事をする人で、生み出された作品がすべてだと思っている私には、その作家がどこで生まれ育ち、どこに住んでどういう部屋で作品を書いていたかにはまったく興味がありません。でも、ファンというものはそうじゃないらしいのです。

杉並の天沼にあった碧雲荘。太宰治が半年下宿していたというアパートが持ち主の都合で取り壊されることになり、区に保存せよという運動が起きました。当時議員だった私は「う~~ん、それって税金を使って残すことなのかなー」と言い、「シッ!いっちゃん、いまそれを言ったらネットの票をなくすよ」とまちづくり仲間に言われた記憶があります。でも、税金の使い方からしたらやっぱり後押しはできませんでした。結局、碧雲荘は個人が出資して大分県由布市に移築が決まりました。

同じ三鷹市に、山本有三記念館がありますが、これはご本人が生前、東京都に寄贈したのち三鷹市に移管。一般に公開されています。私は、小説家や芸術家など「作品」が残る生業を持つ人は、山本有三さんのように、生きているうちに自分がいなくなったのちの作品や住まいをどうするかを決めておくべきだと思うのです。ピアニストや作曲家もしかりです。使っていたグランドピアノなどはどこかの学校に寄贈されれば済みますが、作曲していた部屋とか、練習に励んでいた部屋をグランドピアノと一緒に残そう運動が起きたら大変。
死んだのちのことは、だれにでも該当することではありますね。

やっぱり小説家はどういう作品を残したか、に尽きるのだと思います。どうしても書斎などを残したいファンがいるのであれば、それこそ個人がカンパを募って私立文学館を民有地に作るのが妥当だと思うのですが世の中にはなんと公立文学館が多いことか!公園内に建設するのだけはいただけません。