「道徳」で先生も悩んでいるーそういう先生の授業を受ける子どもの心が心配

2018年4月25日 15時02分 | カテゴリー: こども 教育, 人権と平和, 市橋あや子は考える, 活動報告

4月から、小学校で「道徳」の授業が始まりました。 現場ではどうなっているのか気になっていたところ、杉並区立久我山小学校での授業がNHKのニュースで紹介されました。(あれ?顔見知りの区の職員だった方が校長先生になっている!)

先生が1つの物語を生徒に渡し、読んでどう感じたかを書かせ、子どもたちに発表させます。
その物語は、お母さんと子どものある日の出来事が書かれていて、お母さんはどういう気持ちだったか、を生徒たちに問いかけます。
彼らは一所懸命考えます。みんな似たり寄ったりの感想を書く中で、ひとり、みんなとちょっと違う視点で感想を書いた生徒がいました。先生は、みんなと同じ答えを彼から引き出そうと、この物語の説明を始めました。すると、彼の目から涙が落ちました。「だめじゃん、子ども泣かせてどーすんのよ!」とテレビに向かって叫ぶ私。

本を読んで、みんながみんな同じ感想を持つわけがないじゃないですか!その子の育つ環境によってそれぞれ考え方は違うんだし。今回の授業で、この若い先生は、「家族愛」をテーマに取り組んでいきたいとこの物語を選んだ理由を校長先生に述べていましたが、家族の形って家庭それぞれ違うものです。だから感想だって、十人十色。絵画だって、音楽だって同じです。その時の気分でその絵が、その音楽が、その小説が、全然違ったものとして「感じる」ものだと思います。

「道徳」が教科になったことで、教師は子どもたちを「評価」しなければならなくなりました。その場合、生徒全員が同じ思いになるなんてことはありえない、と教師は思った方がいい。みんながみんな同じ感想を述べるなんて気持ち悪いことだ、って。
お母さんのことを思って書いた彼の気持ちを汲み取ることが必要ですが、この若くてまだ経験の浅い先生に(生徒が10歳だとしたらひと回り多く生きているだけ)大いなる負担を強いています。45分間の授業で子どもに何を学ばせようとするのか。授業に持っていくには、もっと準備が必要だと思いました。

ニュースキャスターは、「決して押し付けることがあってはならないと思います」と述べて結んでいましたが、文科省は今の政権の考えのまま「道徳」を教科に入れてきたことを忘れてはなりません。
今回の文科省が打ち出した「道徳」は問題であり、子どもの心の行方が心配です。現場の教員にだって大きな負担をかけています。
コメンテーターの尾木直樹先生は、「先生が、彼の頭をなでていたのがよかった」と言っていましたが、そうとしか言えないですよね。

不安を覚え、吠え続けている私の気持ちをよそに、画面は次のニュースに移っていました。